「お前って、俺のどこが好きなわけ」
目の前にいる――いわゆる彼氏に、里佳(さとか)はそんなことを聞かれて凍りついた。
陸斗(りくと)のどこが好きかなんて、そんなこと聞かれずとも自分自身でちゃんと認識している。そして彼も、そのことを十分にわかっていたはずだ。
里佳は至って真面目に、しかし素早くケーキの欠片を口に入れた。
「どこって、顔ですけど?」
里佳は面食いだった。
第一印象で最も大事なのは顔
「どうしたんです? すごく今更ですね、そんなこと聞くの」
「ん、いや……改めて気になった」
対する陸斗は何やら神妙な顔をしていて、目の前のコーヒーにも口をつけようとしない。
神妙な顔をしていても、その顔はいつものように綺麗だ。周囲の女性客やウェイトレスがちらちらと視線をやるほどに。
「というと?」
「まあその、それ以外俺の好きなとこってないのか?」
「ありますけど、主な箇所は顔ですね」
「……やっぱりそうなるのか」
陸斗は両手で顔を覆った。一体どうしたというのか。
「ええと、陸斗さん?」
「…………やっぱり、彼女が自分の容姿だけ好きだというのは何とも複雑なもんだな」
「か、顔だけじゃないですよ! 主に顔ですけど」
「お前、最後の一言余計だよ」
「綺麗な顔が好きで何が悪いんです。美しいものを愛でるのは当然のことですよ」
「それ芸術鑑賞。俺人間」
「べべべ別にいいでしょう、陸斗さんの顔は素敵なお顔です。それに顔はとても大事なところです」
「お前、告白してきた時にもそう言ってたよな。『あなたの美麗かつ素敵な顔が好きです! ぜひ付き合ってください!』って」
「き、緊張してたんですよ。だからつい素直な気持ちが出ちゃったんです」
今思えばなんとも微笑ましい、しかし自分らしい告白だった。
「そのおかげで、未だに俺は自分のことを顔しか取り柄のない男みたいに感じてるんだけどな」
「そんなことないですよ、陸斗さん運動はからきしだけど優しいし、テスト勉強にも付き合ってくれますもん。ていうか、それを言ったら、陸斗さんこそ私の何が良くて付き合い始めたんですか?」
さらりと酷いことを言いながらも、里佳は不公平だと言わんばかりの目で陸斗を睨んだ。この場合、どちらかといえば不公平なのは陸斗の方なのだが、陸斗は里佳の質問内容に気を取られていて気づきもしなかった。
「べ、別に言うことでもないだろ」
それは付き合って一年近く経つ現在に至るまでずっと教えてもらっていないことだった。告白した時にはただ了承の返事をもらっただけだったし、後から聞いてもはぐらかされてしまう。
「ふーん、じゃあ私は告白損ですか」
付き合って一年。自分が彼に夢中だから熱も冷めにくかったのだけれど、こんなことを言われるようになるなんて、倦怠期の真っただ中に突入してしまったらしい。
「つまり何ですか? 陸斗さんは私とのお付き合いに不満があるってことですか?」
そう思われていたらもう、彼は里佳との別れが視野に入っているのだろう。絶対に別れてなどやらないが。
「いやいやいや、なんでそうなる?!」
頭の中で色々と黒い感情を巡らせていると、陸斗は慌てて否定した。どうやら別れフラグは回避できたらしい。
「俺はただ――」
「ただ?」
「ただその……顔が好きだなんて馬鹿正直に言ってくるお前が珍しかっただけだ」
里佳はきょとんとした。
陸斗の顔が綺麗なのは今に始まったことではないし、里佳の前に告白してきた女の子も数多くいただろう。しかしその中に、顔が好きだと言った人物がいなかったとはどうにも解せない。
「どうしてですか、陸斗さんの顔を独占する絶好の機会をっ!!」
「……お前のその素直さはもういっそ、気持ちいいな。嘘を吐くことが極端に少ないから、逆に俺は安心していられるんだが」
「陸斗さんはなかなか素直になってくれませんね。いい加減、付き合った理由を白状しませんか?」
「しない」
これは本当に喋らないなと思った里佳は、ちょっとした勝負に出ることにした。
「つかぬことをお聞きしますが陸斗さん、第一印象でまず視線が行くのは、相手の体のどの部分だと思います?」
「そりゃ顔以外にないだろ……あっ」
一瞬、二人の間の空気が止まった、ような気がした。
「……つまり、陸斗さんも私の顔が好きになったってことですか。そうですか」
「いや違う。い、いや違わないが、それは単にお前が俺のタイプだっただけであってだな」
「何やかや言っても、陸斗さんも面食いなんじゃないですかー。何ですかもう」
「は、話を聞け、里佳」
やはり顔というものはとても大事なものらしい。
その気もない人をなんとなくその気にさせるほどに。
顔はとっっっっっっっっっっても大事だと思います。
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