「俺……お前のこと、好きかも、しれない」
「――え」
それってナニ、好きなの好きじゃないの、そもそもコレ告白なの告白じゃないのどっち!?
幼馴染の彰(あきら)を前に、七瀬(ななせ)は心の中で突っ込み続けた。
「は、話はそれだけだ! じゃあな!」
「あっ、ちょっと待ってよ彰……」
混乱したままの七瀬をその場に残し、頬を真っ赤に染めた彰は競歩の速さで歩き去った。
――何なの、コレ。
花の十七歳、七瀬の新たな恋の苦難は、古い恋が終わった日に始まった。
この世は本当に、何が起こるかわからない。
自室のベッドの上で、七瀬はどんよりとそんなことを思っていた。
七瀬は今日、憧れの先輩とデートに行ってフラれ、傷心――という名の愚痴――を幼馴染の彰に聞いてもらっていた。
愚痴るだけ愚痴って、気分がどうにか晴れはじめたところで、今度は彰に告白された。何ともディープな一日だ。
人って一日に告白して告白されるものなんだな。
頭の片隅でぼんやり思う。
彰のことは嫌いではない。
人としてはむしろ好きな部類だし、信頼してもいる。
だが、恋愛対象としてはどうだろう。
それには首を傾げざるを得ない。
確かに彰とは生まれてこの方、ずっと一緒にいる。
だがそれは同時に、人生のあれやこれやも知っている仲でもあるのだ。いわば兄弟のようなもので、それがすぐさま恋愛感情につながるのかといえば、それは否だ。
そもそもこんなに長い間、兄弟のように接してきて、今さらそんな対象になど見られないのが本音だ。
どう返事をすべきか。それだけのことがひどく恐ろしい。
憎まれ口ばかり叩いてきたとはいえ、大事な幼馴染だ。下手なことを言えば、自分たちの仲がこじれてしまうかもしれない。この関係を壊したくなかった。
「だめだ。頭ぐっちゃぐちゃ」
もう何も考えられない。七瀬は考えるのを止めるかのように布団に潜り込んだ。
起きたらきっといい考えが浮かぶ――そう期待して。
ちっともいい考えなど思い浮かばない。
翌朝になっても、七瀬は彰への上手い返事を用意できずにいた。
どうしよう。
七瀬の頭をその単語ばかりがぐるぐると回る。
確かに彰は大事な幼馴染だが、その彼と付き合うことを考えると……どうにも気恥ずかしい。考えるのも恥ずかしくて、急いで頭からその考えを振り払う。
「何してんだ?」
家の門の前で、彰はいないだろうなと確認をしていると、左から今一番聞きたくない男の声がかけられた。
「ぎゃっ」
「お前、もうちょっと色気のある声を出せよ」
「あああ彰……」
「……その様子だと返事は期待できそうにないな」
「だ、だって!」
七瀬は思わず声を荒げた。
「あたし、今まで彰のこと、家族みたいなものだと思ってたのよ? なのに今更恋愛対象として見ろってどういうこと? それも、「好きかも」なんて曖昧な言葉を使って! はっきりさせようと告白してきただろうに、あんたの方が曖昧のままでいたいみたいじゃない!」
「あー、わかったわかった、俺が悪かった」
投げやりに謝られると、怒りはさらに増していく。
「何その言い方! 大体あんたは……」
「わかったって! そんなに怒るなよ。こっちだってあの時は頭真っ白だったんだから、そんなにケチつけるなよ」
「……そうなの?」
七瀬は思わず彰の顔を覗き込んだ。
あの彰が、緊張。いつも何でもないと言わんばかりの顔で、何でもすいすいとこなしていく彰が。
「好きな女に告白するときくらい、パニックにもなる」
ほんのりと頬を染めた彰を目にして、七瀬は口を大きくあんぐりと開いたまま立ちつくした。
「……あたし、彰のこと異性としては見られないよ?」
「わかってる。もうずっと幼馴染だったもんな。でも、昨日言ったことは嘘じゃない。お前と恋人になりたい。だから、覚悟しとけよ」
何のことだろうと首を傾げていると、彰はにやりと笑った。
「今度は絶対に、お前から告白させてやるからな。今に見てろ」
「っ! な、なっ?!」
真っ赤になった耳を両手で押さえながら、楽しそうな彰の背中を見送る。
うるさいくらいにどくどくと鳴る胸を押さえた。そうしないと彰にまでこの音が聞こえてしまいそうだった。
癪なことだが、もしかしたら、自分はいつか彰の言うとおりにするのかもしれない。
そうしたらその時は、自分も「好きかも」と言ってやろうと心に決め、七瀬は彰の後を追った。
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